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    100年前の世界挑戦 【書評】『ハウス・オブ・ヤマナカ』 朽木ゆり子

    東洋美術史に興味がある人はもちろん、グローバルなビジネスを展開したいと考えている人にもおススメ

    日清戦争が開戦した1984年(明治27年)、ニューヨークに店を構えた日本企業があった。「世界の山中」と呼ばれ、東洋美術の名品を欧米へ売りまくった山中商店である。本書は山中商店の成り立ちからビジネス拡大の軌跡、更には戦中戦後の混乱までを克明に描き出している。

    ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商
    (2011/03)
    朽木 ゆり子

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    著者の朽木ゆり子氏は2000年から山中商会について調べ始めていたが、日本語で手に入る資料といえば多少の雑誌記事と『山中定次郎伝』だけであり、アメリカ国立公文書館の87箱分の資料と併せても、その全貌は見えてこない。そこで著者は山中商会から作品を購入した美術館、個人コレクターから購入記録を取り寄せることで、アメリカでの山中商会の活動を把握し始める。さらに、2007年にはアメリカの敵国資産管理人局の年次報告書を入手し、戦争中の山中商会の動向までが見えてきた。本書は日本のノンフィクション書籍には珍しいほどの膨大な注釈と参考文献一覧がつけられており、今後この分野の研究者の必読書となるだろう。

    とはいえ、本書は学術書ではなく一般書であり、研究者でない人も十分に楽しめる。何しろ、鎖国の時代が終わってたった27年でニューヨークの一等地に店を構え、ロックフェラー等のセレブ達とタフな交渉をしたかと思えば、中国に行って仏像の頭部を持って帰ってくる、文字通り世界を股に駆けたビジネスマン達の話なのだから、面白くないはずがない。

    山中商会がこれほど早くアメリカに進出できた背景には当時の日本政府の思惑も強く影響している。開国はしたものの貿易の方向性が掴めない明治政府は、手探り状態で1873年のウィーン万博に出展し、日本の工芸品に対する高評価に可能性を見出した。そこで、1876年のフィラデルフィア万博では一大PRを展開し、国内でも工芸品の貿易に従事する企業をバックアップした。活動の甲斐もあり万博は大変な反響を呼び、アメリカでは”日本熱”が流行したため、メーシーズ等の百貨店でも日本の工芸品が販売されるまでになった。

    ”日本熱”は日本美術の蒐集家を生み出すことに成功した。蒐集家だけでなく、印象派の台頭により日本美術に影響を受けたアメリカ人画家たちも多数現れ始めており、一般大衆は彼らの目を通して日本美術を眺めるようになる。このようにして、アメリカでも日本の美術商がビジネスを営む土壌が整い始めていた。土壌が整い始めていたとは言え、確立されたマーケットがあったわけではなく、その事業運営は決して楽なものではなく、ニューヨーク店開業メンバーの5人は鼻血が出るまで働くことになる。

    血の出るような努力の甲斐もあり、ビジネスは順調に拡大して行くのだが、山中商店にも戦争の影が忍び寄る。ドイツ軍の侵攻にさらされ閉店を余儀なくされるロンドン支店、資産凍結令が出されたアメリカ。そんな中でもニューヨーク店では営業が続けられていた。なぜ戦争中の敵国で営業を続けられたのか。彼らはその後はどうなるのか。山中定次郎が中国の天龍山から持ち去り、アメリカへ売った如来座像頭部の行方と共に明らかにされている。
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