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    【書評】『子どもの頃の思い出は本物か』 カール・サバー著 越智啓太・雨宮有里・丹藤克也訳


    子どもの頃の思い出は本物か―記憶に裏切られるとき子どもの頃の思い出は本物か―記憶に裏切られるとき
    (2011/05)
    カール サバー

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    ふとしたきっかけで子どもの頃の思い出が津波のように押し寄せ、自分が幼少期に大きな犯罪の被害者・目撃者であったことを思い出す。映画やドラマで一度は目にしたことのあるシーンではないだろうか。あまりに大きなストレスから逃れるために、記憶を意識の奥底へ追いやる、という方法は合理的であるようにも思える。
    しかし、本当にそれほど強烈な体験や思い出を忘れることはできるのだろうか?また、完全に忘れていた記憶をそれ程詳細に思い出すことはできるのだろうか?

    多くの人は記憶をビデオテープのように、記録されたその瞬間に固定化され以後変化することのないものとしてとらえているかもしれないが、近年の研究結果は記憶がビデオテープとは異なるものであることを示している。本書には様々な実験手法とその結果が紹介されているが、「記憶」を研究するこの難しさを痛感させられる。本人が「忘れていた」と言っていることを、「実は忘れていなかった」と証明することは難しい。子どものころに性的虐待を受けた過去があり、その記憶を忘れていた(そして最近思い出した)と主張する4名について記憶研究者のジョナサン・スクーラーが研究を行ったさいには、4名中3名が記憶を忘れていたはずの時期にその記憶について他人に話していたことを突き止めているが、このような証拠が見つかることの方が稀であろう。

    われわれの記憶がいかに不正確で変化し易いか、そして、そのような記憶をいかに正確で変化しないものであると思い込んでいるかは驚きである。他人から聞いた話や、質問によって誘導された内容であっても、一度自分の記憶であると思ってしまえば、本人にとってそれは本当の記憶となるのである。
    例えば、誘導的な質問で「子どもの頃にショッピングモールで長い時間迷子になり、散々泣きわめいた後に、老人に助けられて家族と再会した」という記憶を本物であると思い込ませることもできるのだ。家族から聞いた話であると被験者に伝えて、その体験について質問して行くうちに、被験者はそのような体験をしたと思い込むに至るのだ。自白に重点を置いた捜査や裁判がいかに危険なものであるかはこの1点からだけでも明らかだと思うのだが。

    アメリカでは冒頭のような抑圧された記憶に基づく虐待体験の報告や裁判が爆発的に増えた時期がある。社会的な現象の因果関係を明らかにすることは非常に難しいし、そもそもそのような現象が存在しないこと(若者の犯罪が凶悪化しているなど)すらあるのだが、多くの人の抑圧された記憶がよみがえってきたのには1つの明確な理由がある。
    『生きる勇気と癒す力』という本の出版である。1988年に出版されたこの本は著者に言わせれば、「さまざまな種類の広範な心理的問題を抱えた女性に、ほぼ確実に子どもの頃に性的虐待を受けたのだと信じさせてしまう本」であり、実際に本書を読んだ後抑圧された記憶がよみがえり、家族関係が崩壊してしまうケースが発生しているようである。改めて本の力を実感させられる。

    記憶とはそもそも何のために存在するのだろうか。これほどまでに不確実で、容易に再構成されてしまう記憶は何の役に立つのだろうか。記憶はそもそも出来事に対応するためであると著者は主張する。重要なのは過去ではなく、未来なのである。未来を壊す偽りの記憶ほど有害なモノは無い、執拗なほどに繰り返される事実と論理の積み上げから、著者の思いが伝わってくる。

    本書の原題は『Remembering Our Childhood: How Memory Betrays Us』であり、2009年に出版されている。しかし、アメリカのアマゾンでは1つのレビューもついておらず、イギリスのアマゾンでもレビューは1つだけである。化学同人の加藤貴宏氏が訳者の研究室に話を持ちかけたらしいが、よくこのような本を見つけたものだ。
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