【書評】プロ弁護士の思考術 矢部正秋
採点:★★★★☆
「考える」ことに興味のあるヒトにおススメ。「自己啓発系」苦手なヒトもいけるかも
いわゆる「ビジネス書」「自己啓発書」をほとんど読まなくなってしまったが、日垣隆氏が手作り弁当を食べてる場合ですよで推薦されていたので購入。なんだかもやもや考えていたことが綺麗に整理されていて非常に面白かった。様々な古典の引用があるので、ウンチクもたまる。成毛眞氏が実践!多読術(書評)で「古典は他人にまかせろ」と言ったことを仰っていたが、この本が見事に体現している。
「考える」ことに興味のあるヒトにおススメ。「自己啓発系」苦手なヒトもいけるかも
いわゆる「ビジネス書」「自己啓発書」をほとんど読まなくなってしまったが、日垣隆氏が手作り弁当を食べてる場合ですよで推薦されていたので購入。なんだかもやもや考えていたことが綺麗に整理されていて非常に面白かった。様々な古典の引用があるので、ウンチクもたまる。成毛眞氏が実践!多読術(書評)で「古典は他人にまかせろ」と言ったことを仰っていたが、この本が見事に体現している。
![]() | プロ弁護士の思考術 (PHP新書) (2007/01/16) 矢部 正秋 商品詳細を見る |
久しぶりにこの類の本で「しっくり」きたので、その理由を考えてみた。
①実践している/実践していない
②意識している/意識していない
思考法を上記の2軸で整理すると、この本は自分が「実践している×意識していない」領域について描かれた本だったから納得出来たのだと思う。その他の象限、例えば「実践している×意識している」だと「なーんだ、当たり前じゃん」となるし、「実践していない×意識していない」では著者の真意を理解できないだろう。
コンサルティング業務をするときには、「全体感をかんがえないとなー」とか「他にオプションなかったけ?」とか考えているのだけれど、著者のように自分の思考を明確に整理/分類はできていなかったので、非常にスッキリ。企業相手の弁護活動を主業務としてやってこられたようなので、ビジネスマンにとっても非常に参考になる思考法だと思う。
著者は弁護士に必要な能力を以下のように定義している。
物事を抽象的でなく、具体的に考えることである。すなわち、「具体的な事実」を解明し、「具体的な対策」を考えることである。
この能力はこれからの先進国で働くホワイトカラーには必須だ。著者の言うように「時間の許す限り具体的事実を解明しよう」という姿勢がなければ、もしくは、そのような姿勢が必要とされない業務は、直ぐに低賃金の国へ外注されるだろう。
弁護士と言うと「無罪」か「有罪」かのどちらかを追い求めるものと考えがちだが、著者は徹底して「二分法」の危険性を説く。丸かバツかではなく、どのように丸へ到達するのか。また、そのためにはどのようなオプションが考えられ、どれが最善のものか。どのような事態が起こればそのオプションを変更すべきか。その可能性を全て掘り起こして初めて「考えた」と言えるのだ。
著者はこのような考えをライプニッツの「自然は飛躍しない」という言葉と結び付けているがこれはいただけない。ニュートン力学の世界ではそうかもしれないが、量子はとびとびなんだから。まぁ、本筋とは関係ないけど・・・
我々が「二分法」に陥り易い一因として現代の受験教育を挙げている。これには全く納得。米原万里もロシアから帰国後日本の中学校へ行って、「テストが○×問題だった」ことに最も驚いたと言っていた。ロシアではテストは全て論述形式だったらしい。これは悪しき平等主義の帰結なのだろうか?○×なら評価に不公平が生じないからそうしてるだけだろう。「公平に評価すること」が教育の目的ではないだろう。社会に出れば明確な「評価軸」などない。
著者は「権威を疑い、自分の頭で考えろ」と繰り返し述べているので、納得出来なかった箇所を一つ。
自分の利害よりも心映えを優先したただ一人の男として、退職勧告に素直に従ったある会社の役員を挙げている。著書の関わった八千人を超える人の中でこの男ただ1人が利害より名誉を重んじたとべた褒めである。
これはちょっとヌルいんじゃないか?「八千人の中にタダ1人だからエライ」と感じる前に「八千人の中に1人だから、おかしい」と思わないといけないはずだ。裁判で突かれたらたんまり埃が出る身かも知れないじゃないか。もちろん、話を端折っているだけかもしれないが、本書の文章だけではこの話は「胡散臭い」としか思えない。
本書はもちろん「絶対にお薦め」な本ではない。「絶対読め」と「読むな」の間には様々なバリエーションがあり、対象によってその回答は変わるというのが著者の主張だからだ。ぽつぽつ気になるところがあるが、総じて自分には、「考える」ことについて「考える」ことが出来る良書であった。
弁護士は守秘義務が徹底しているようで、本書にはマッキンゼー東京支社元社長もイニシャルO書いており、氏名は詳らかにしていない。誰のことだろ?と思う人はこの本を読まないと思う。
①実践している/実践していない
②意識している/意識していない
思考法を上記の2軸で整理すると、この本は自分が「実践している×意識していない」領域について描かれた本だったから納得出来たのだと思う。その他の象限、例えば「実践している×意識している」だと「なーんだ、当たり前じゃん」となるし、「実践していない×意識していない」では著者の真意を理解できないだろう。
コンサルティング業務をするときには、「全体感をかんがえないとなー」とか「他にオプションなかったけ?」とか考えているのだけれど、著者のように自分の思考を明確に整理/分類はできていなかったので、非常にスッキリ。企業相手の弁護活動を主業務としてやってこられたようなので、ビジネスマンにとっても非常に参考になる思考法だと思う。
著者は弁護士に必要な能力を以下のように定義している。
物事を抽象的でなく、具体的に考えることである。すなわち、「具体的な事実」を解明し、「具体的な対策」を考えることである。
この能力はこれからの先進国で働くホワイトカラーには必須だ。著者の言うように「時間の許す限り具体的事実を解明しよう」という姿勢がなければ、もしくは、そのような姿勢が必要とされない業務は、直ぐに低賃金の国へ外注されるだろう。
弁護士と言うと「無罪」か「有罪」かのどちらかを追い求めるものと考えがちだが、著者は徹底して「二分法」の危険性を説く。丸かバツかではなく、どのように丸へ到達するのか。また、そのためにはどのようなオプションが考えられ、どれが最善のものか。どのような事態が起こればそのオプションを変更すべきか。その可能性を全て掘り起こして初めて「考えた」と言えるのだ。
著者はこのような考えをライプニッツの「自然は飛躍しない」という言葉と結び付けているがこれはいただけない。ニュートン力学の世界ではそうかもしれないが、量子はとびとびなんだから。まぁ、本筋とは関係ないけど・・・
我々が「二分法」に陥り易い一因として現代の受験教育を挙げている。これには全く納得。米原万里もロシアから帰国後日本の中学校へ行って、「テストが○×問題だった」ことに最も驚いたと言っていた。ロシアではテストは全て論述形式だったらしい。これは悪しき平等主義の帰結なのだろうか?○×なら評価に不公平が生じないからそうしてるだけだろう。「公平に評価すること」が教育の目的ではないだろう。社会に出れば明確な「評価軸」などない。
著者は「権威を疑い、自分の頭で考えろ」と繰り返し述べているので、納得出来なかった箇所を一つ。
自分の利害よりも心映えを優先したただ一人の男として、退職勧告に素直に従ったある会社の役員を挙げている。著書の関わった八千人を超える人の中でこの男ただ1人が利害より名誉を重んじたとべた褒めである。
これはちょっとヌルいんじゃないか?「八千人の中にタダ1人だからエライ」と感じる前に「八千人の中に1人だから、おかしい」と思わないといけないはずだ。裁判で突かれたらたんまり埃が出る身かも知れないじゃないか。もちろん、話を端折っているだけかもしれないが、本書の文章だけではこの話は「胡散臭い」としか思えない。
本書はもちろん「絶対にお薦め」な本ではない。「絶対読め」と「読むな」の間には様々なバリエーションがあり、対象によってその回答は変わるというのが著者の主張だからだ。ぽつぽつ気になるところがあるが、総じて自分には、「考える」ことについて「考える」ことが出来る良書であった。
弁護士は守秘義務が徹底しているようで、本書にはマッキンゼー東京支社元社長もイニシャルO書いており、氏名は詳らかにしていない。誰のことだろ?と思う人はこの本を読まないと思う。
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